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2006年11月10日

やってみもせんで、何をいっとるか

本田宗一郎著「私の手が語る」を読んで

やってみもせんで、何をいっとるか

学生時代初めて乗ったバイクがホンダだった。

RSという二五〇CC単気筒を中古バイク屋で買い、
毎日のように通学で乗り、ツーリングで日本中を走り回った。

おんぼろバイクだったがいくら走っても壊れない。
頑強で、しなやかで、すばらしいと思い、
愛着を持ち、好きになった。

そのバイクを通してホンダはすごいと思い、ファンになった。


二十年ほど前、ホンダの本社は原宿の明治通り沿いにあった。

たまたま近くを通りかかったとき、
「ここ入れるんだよ」と友人に教えられて、入ってみた。

大きなスクリーンにレースの映像が流れていて、
二輪、四輪の展示物に自由に乗り降りできる。

車、バイクの雑誌がずらりとあって、
ジュースなど飲みながら、好きなだけすごせる。

中古バイクに乗っている学生でも
「俺はホンダユーザーだ」という顔で本社の一階を、
わがもの顔で占有できるのである。

青山一丁目の現本社でもその伝統は続いている。


二十年前、ホンダはすでに世界一のオートバイメーカーであり、
大企業であったが、
イメージ的には「偉大なる中小企業」
と言われるような雰囲気があったし、
本田宗一郎は暴走族の親玉のように思う人もいた。

四輪メーカーとしては弱小で、
三菱自動車やマツダにも負けていた。


自動車メーカーと言えばトヨタ、日産であり、
その後に三菱、マツダ、ホンダの弱小三社が続く構図は
永遠に続くかのように思われた。

それが、気づいてみればあっという間、
ホンダが抜け出し、日産をも抜く、
売上高10兆円の超大企業になってしまった。

「こんなに大きくなってしまって大丈夫か」
という複雑な心境もあるが、やはり創業者スピリット、
本田宗一郎が残したDNAが
他社とは決定的に違う力となって、
その後の成長につながったのは疑いようがない。


というわけで、町の古本屋でたまたま見つけた本書に、
思わず手が伸び、ここに紹介する次第である。

八九年発行の本だがブックオフに行けば百円で買えると思う。

初出は八二年、本田宗一郎が七十六歳の時である。


いきなり出てくるのは、傷だらけの手のイラストである。
本田宗一郎の左手は何度もハンマーで潰したり、
指の先を削り取ったりしたおかげで、
右と左の人差し指や親指の長さは一センチも違った。

あるときバイト(工具の一つ)の先が
手の平から手の甲へ突き抜けたことがあったが、
オキシフルを傷口に注いだだけで、
そのまま仕事を済ませて、夜は飲みにいったという。

この手が財産だという本田氏は「手の人」である。


頭で考え、手で考え、
ああでもないこうでもないと何度もやってみる。

そのうち、長年の勘で「何か、あるな」とひらめく。
すると、さらにそれを実証したくなる――。


創業時、本田宗一郎の元で仕事をしていた部下は、
外科手術の医者に次々とメスを渡す看護婦よろしく、
いろんな道具を渡していた。

薄暗がりの中で、少しでも手暗がりができると、
夢中で作業している本田氏はスパナなどで
その手を叩いたという。

そんな本田氏だから「それは、ムリでしょう」と言う若者は、
一喝で消し飛ばされた。

「やってみもせんで、何をいっとるか」

現役時代、部下の失敗については決して寛大ではなかった。

「ミスをおかした者に対しては、
どんないいわけがあろうと猛烈に腹が立った。
正直なところ、ミスをした人間を憎いと思ったものである」

そんなときは口より先に手が出ることさえあった。

しかし、少し落ち着くと、自己嫌悪に陥った。

「悪かったな、すまん」と頭を下げて謝りたいがきまりがわるく、
なんとなく冗談を言って周りを笑わせて、
叱った相手に謝っているつもりになっていた。――

といった場面はいかにも町工場の親父で、目に見えるようである。


これは本書には書いてないことで、
今はどうかわからないが、
ホンダの工場ではみんな真っ白いツナギを着ていたという。

機械や床などにちょっとでも汚れがあると、
付着してわかるようにしていたのである。

そうした職人的な厳しさを多分に持っていた。

その厳しさに裏づけられた独創性が、
かつて時計のように精密だと欧米人を驚かせた
オートバイのエンジンや、
高回転までパワーを持続したまま吹き抜けるような
ホンダエンジン一般の特性とつながっているに違いない。


「おお、すまなんだ」というエッセイには次のように書いてある。

工場で、工夫のない作業やミスを誘いやすい作業をしている者がいると、
つい手が出てポカリとやったりする。
「何をする。ことと次第では、社長でも許さん」という者もいる。

こちらはたちまち反省しているから、
「しまった、悪いことをした」という顔をしている。

「おお、すまなんだ。だが、お前のその作り方はよくないぞ」
といえば、ああ、そうですね、と納得してくれる――。

言葉だけでなく、顔にも出る「すまん」という気持ちを、
相手もわかってくれたから、
何とかついてきてくれたのだろう、と本田氏はいう。

人を動かすことについては、次のように言っている。

人を動かすことのできる人は、
他人の気持ちになることができる人である。

そのかわり、他人の気持ちになれる人というのは自分が悩む。

自分が悩まない人は、他人を動かすことができない。

他人を動かすためには、
自分が「格好よくなりたい」と思うことも必要である。

格好よく、というのは、
他人によく思われ、よくいわれたい、という意味である。

うすっぺらなようだが、これはひとつの真理である。

「だからこうしてやろう」という意志が大切である。

これは案外、うすっぺらなことではないのだ。
 

たとえば、服装だってあるていど格好よくなければ魅力がない。

この格好というのはデザインみたいなもので、
自動車などをみてもいいデザインでなければ
あまり売れないのと同じである。

格好いい、ということは、
他人に好かれることの基本のひとつだといえる。

人を動かす前提は、他人に好かれるということである――。



「勇気」のエッセイではこう言っている。

いつ、誰が、どこで受けとめても、
なるほどと納得できる思想をもつかもたないか。

この歴史と民族と地理をこえて受け入れることのできる
哲学をもった企業や人は、
天下をとることができるのである。

この妥当かつ普遍的な民族をこえた思想があれば、
企業も必ず世界へ伸びるといってよい。(中略)

私は、ほんとうの勇気というものについて、つぎのように考える。

勇気というのは強いからとか、
勇ましいから勇気があるというのではない。

たとえ、自分にとってどんな不利な結果になろうとも、
自分が真実であり、妥当であると考えたことを認め、
それに賛成することこそが勇気である――。

本田宗一郎はきれいに会社を退いたことでも高く評価されたが、
「やめた後の我慢」を読めば、
それが単にさっぱりした性格だからできたわけではないことがわかる。

社長の職を退いた当座は、
相当な我慢をしなければならなかった。

私は根っからの遊び好きでもあるが、仕事好きでもある。
両方とも好きであるから、どちらもいいかげんということはない。

朝になれば仕事をやりたくなる。
やめたあとも、朝になると車に乗って
何度か研究所へ行こうとしたことがあった。

半ばは無意識でもあるが半ばは気になるものがある。

途中、信号待ちをしていて、考えなおし引き返して家に帰る。

かつての仕事場で、そろいの作業服を着て、
若い連中の中に入って、ああでもないこうでもないと議論しあう、
試作したものを動かしてみる、そういう私の身にしみついた雰囲気が、
やはり好きだったのである。

しかし、いまおれがそんな顔をして研究所へ行ったら、
もとの立場にかえってしまうではないか。

後を任せられて頑張っている人たちの自立心を
自分でぶちこわすことになる、と私は思った――。


七三年六十七歳で社長を退任した本田氏は、
仕事を忘れるために、絵を描くようになる。

相当に分別がある人でも、自分がつくった会社に、
自分が行きたいときに行って何が悪いと思うことだろう。

これが前述した本当の勇気なのかもしれない。

この後、現役の時には気になっていたが会えなかった、
全国の拠点、営業所、サービスセンターを巡って、
各地で汗を流し、機械油で手を汚して働いている
社員全員と握手をして回った、というのは実にいい話である。

本田氏がいかに天才でも、
技術も人の感性もとどまるところなく変わっていく。

早めにきれいに引退してくれたからこそ、
ホンダのその後の成長はあった。

身を引くのもひとつの才能であろう。

 
これを書いていて、テレビで見たある場面を思い出した。

ホンダがF1レースに本格参戦していた当時、
鈴鹿サーキットだったと思うが、
もう八十歳を超えていたと思われる本田宗一郎が
F1のパドックを訪れ、
今は亡きF1ドライバー、アイルトン・セナに
満面の笑みを浮かべて握手をし、

「おまえがナンバーワンだ! われわれが
ナンバーワンのエンジンを提供するからがんばれ」
と激励した。

するとセナは、感動して泣いてしまったのである。

もちろん、当時の本田氏は実際的に何かをする立場ではなかった。

しかし、セナがそのオーラを感じないはずはなかった。

一度、実物に会ってみたかった。
 


タグ:ホンダ
posted by タカノリ at 18:29 | 日記
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